家族介護 21 (いい夜だったね・前編)

7月、義父の初盆で親戚が集まった。
誰も住まなくなった家に、久しぶりに賑やかな人の声がする。

「みんな元気でやってるよ、心配しないで」
送り火を焚きながら、帰っていく義父母の姿を想像していた。

「お義母さん、何かしてほしいことはなかった?」
私はやさしい義母の最期に、もっと何かしてあげたかった。
それが出来なかったから、義父の時には一生懸命だったのかもしれない。

骨髄異形成症候群
それが義母の病名だった。

「前白血病状態」と言われるその病気は、抗がん治療や
放射線治療を受けた数年後に、副作用として発症することもあるという。
義母の場合、胃がんの手術を受け服薬を続けてきた。

本人には胃潰瘍の手術と説明し、それも5年経過して安心していた。
ところが食欲が落ちて何も食べられなくなり、少し動くだけで疲れると
いうので病院へ連れて行くと即入院となった。
始めは四人部屋であったが、微熱が続くようになり無菌室へ移された。
免疫力が落ちて感染しやすいのだという。

この時、既に「いつどうなってもおかしくない」状態であると告げられた。

本人にははっきり告知していなかったが、医師より病名と「血液の病気」との
説明があり「白血病のようなもの」と理解したようである。

「髪の毛が抜けるかもしれないって言うから帽子を買ってきて」と頼まれた。
暑いさかりで、病院で常にかぶるのにちょうどいい帽子はみつからない。
私は手芸用品店に行き、「編み物の基礎」という本と綿糸、かぎ針を買い
悪戦苦闘しながら二晩かかってニット帽を編んだ。
それは色も義母の好きな上品な紫だし、失敗を繰り返して習得した模様編み
での仕上がりは、我ながら満足の出来であった。
「どう?」と自分でかぶって、夫や子どもたちに見せてまわった。

はやく義母の喜んだ顔が見たいと、夫をせかして病院へ行く。
病室の入り口で手を消毒し、白衣を着て専用のスリッパに履き替えてから中へ入る。
おっと、マスクを忘れていた。

「これ、どう?」と帽子を手渡すと「あら、あなたが編んだの?」と
すぐに分かるのはどうしてだろう。
「まあ、ぴったりだわね」とうれしそうな表情をしたのは一瞬。
「今ぴったりだと、髪が抜けたらゆるくなるからひとまわり小さくなきゃいかんね」
おお、なんと聡明な母上。
そんな事考えもしなかった。

「あっそうだねー。じゃあ今度はもう少し小さめに編んでみるね」
と受け取って紙袋にしまった私を、かわいそうにという目で夫が見ていた。

既に集中力が切れていた私は、家に帰っても次を編み始める気力が
なかなか沸いてこない。

長女も時々病院の義母宛てに、手紙を書いてくれていた。
おばあちゃんから返事がきたと、手紙を読んでいた彼女が
「おかあさん、おばあちゃんからの伝言」
「『帽子の色は黒にして下さい』だって!」

クックックッ・・・アッハッハッ・・・
しばらく笑いがとまらなかった。

うれしかった。
今は手足を動かすこともしんどい状態である。
孫に返事を書くこともやっとであったと思う。
誰にでも気遣いと遠慮ばかりしている義母がたまにみせる
私への遠慮なしの態度。
甘えてくれることがとてもうれしかった。

                    <つづく>


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